Repeat Machine

学術記事を元に、それらしいことを呟いていきます。

間違いを指摘して、憤慨して、1週間後にまたやらかす。

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自分が信じ込んでいたものが間違いだった時の衝撃は大きい。

だから人間は、忘れたり怒ったりする。

 

Hypercorrection effect

日本語訳が微妙にムズイこの単語。愚直に『過剰修正効果』とでも言おうか。

過剰修正効果とは、物事への確信の度合いが強ければ強いほど、物事が間違いだと指摘された時に正解を習得しやすくなる現象のこと*1だ。

なんだか直観に反している気がするねぇ。

物事への確信の度合いが強ければ強いほど「いや、お前が間違っている!」と保身のためにわめき散らかすと思うが、案外そうでもないらしい。

ちょっと例を引っ張り出してくるね。

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このスレのスレ主はかなり昔から『2+2=4』だと確信していた。

だが名無しによりそれが嘘であり、真は『2+2=5』だったことが判明。

スレ主にとって『2+2=4』という事実が崩れるというのは、全くの予想外。

その予想外の事態に対し、スレ主は『義務教育から学びなおす』と『2+2=5』に注力を割くとスレに残した。

ホモガキは全く関係ない。

 

要は「確信が崩れたという想定外により、新しく届いた事実に焦点が向いた*2」ということ。焦点が向くということは、記憶力の向上にもつながる。

そういうわけで、ミスを修正したときのほうが定着しやすいと言われているわけである。

 

「ただこれ、『指摘された』ことに反応しているのよね」間違い云々より、指摘が期待に反しているかどうかに敏感になっているだけ*3、という知見もある。

脚注1の論文にも「一週間後には修正を忘れ、同じようなミスをした」とも。

過剰修正効果は短期的には効果が望めるが、長期的となるとわからない、らしい。追求の余地あり。

 

そしてこれは前提だが、「ミスを犯したら一巻の終わり」とする雰囲気や精神状態は、大体が悪い意味で異常だ。

休むか休むか、逃げることをお勧めする。

パンツを脱ぎ捨てた私と、まだ昼飯を食べてない人。

今週のお題「告白します」

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実は私、一年中ノーパンです。

目覚めたのは割と最近です。

理由は『履くのがめんどっちい』『不快だったから』です。

結構良きです。

です!

 

履かないと決めるのにそう時間はかからなかったです。

人生を左右するような選択通信制に切り替えるか普通科に留まるか、みたいな)も、決めるのに時間はかからなかったです。

決断にかける時間がもったいないとか思っちゃう人間なのです。

なので私は、ある種決断力とか行動力がある人間だということになるのです。

 

なのでなので、「今日のお昼ご飯どっちにしよう……?」と席について10分も20分も悩むような、「大学どっちにに行こうかなぁ……?」と3年の夏休みになっても悩むような、いわゆる優柔不断な人間とはあんまり相容れないのです。

 

優柔不断な人間に会うたび私は聞くのです、「なぜそこまで悩むのだ?」と。

大体は答えに詰まるのです。

少数が「その選択を選んだらどうなるかがわからないから*1」と答えるのです。

「どうなるかがわからないのに悩むのか?」と聞くと「わからないから選択できないんだ」と返すのです。

「悩む必要はあるのか?」と聞くと「もし選択に失敗したら後悔するじゃないか! ヴァカなのか⁉*2」とちょっとキレるのです。

「悩んでる時間もったいなくない?」と聞くと「選択に失敗するより百倍マシだ!」とちょっとキレるのです。

ここまで意志が固いと、私のほうが折れるのです。

でも、大体はここまで答えないのです。

大体は最初の質問で詰まるのです。これが厄介なのです。

 

優柔不断の原因は複数あり、『ゼロリスク思考=完璧主義的思考』『展望の曖昧さに恐怖』『選択を後押しする自尊心の低さ*3』などがあるのです。

ゼロリスクに固執し、先の見えないものに恐怖し、選択を自分で肯定することができない。そんなイメージです。

延々と頭を悩ますのが気楽なら別にいいが、それで機を逃して不幸に見舞われたら本末転倒です。

 

優柔不断は完全悪ではないのです。

一時の油断も許さない場面ではとっても役に立つと思うのです、ここは完璧主義と似ているのです。

でも、ほとんどの人が優柔不断を必要としない場所にいると思うのです、然り、です。

 

対策は[削除済*4]です。

です!

 

優柔不断の度合いを測るテストが転がっているぽいです。

詳しくはこちらからどうぞです。

 

 

 

*1:Indecisiveness and the interpretation of ambiguous situations

*2:The nature and measurement of compulsive indecisiveness

*3:Personality Characteristics as Predictors of Personal Indecisiveness

*4:対策は書きません。単純に勉強不足だし、優柔不断な人間は現状維持を強く願う傾向にあるっぽいのでね(N=3)

収入が上がれば幸福になれる?

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「幸せの価格」は、実際よくわからない。私は世界一姑息でケチな富豪でもグレートファミリーでもないから、『どれだけ稼げば』というお話はできない。

ただまぁ、「幸せの作り方(こう書くと、なんだか怪しい自己啓発になるな。実際そうかもしれんが)」ならある程度は知ってるし物は言える。

『何を以て幸せとするか』

ニーチェっぽい問いかけが、大きく左右する。

 

社会経済的地位*1と主観的な幸福度の関係を調べた記事*2を見つけた。『どれだけ稼げば』を計った記事ともいえる。

記事によると、主観的な幸福度と比較的強く関連したのは、主観的な経済的地位だったそう。成績や年収といった客観的な指標よりも、「私これだけ稼いでいるのよォ、ホッホッホwwww」といった自己評価が、幸福度に比較的強く影響しているという。

また幸福度は『人口密度の増加』『経済格差の減少』『社会移動度の減少』らが付け加わるとより強くなる、とのこと。

要は、『比較対象が多く』『年収の上下もほとんどなく』『比較対象の変動もない』ときに「ウッハwwwwww」しやすくなるってこと。

 

つまり収入と幸福の関係は、比較対象で大きく変わるということ。

どれだけ稼ごうが、比較対象がより上を行くなら収入によって幸福を得ることはあまりない(逆効果?)し*3。あまり稼がなくても、比較対象に恵まれているなら手元にある野口さんで満足できる、と。

収入は比較優位性を作る材料にはなる

なんともつまらなくて、現実味のある結論だな。

 

「お金そのものが幸福を左右する」とは、ちっちゃな声でなら言える。

が、「お金の使い方が幸福を左右する」となら、おっきな声で言える。

幸福になるお金の使い方で一番わかりやすいのは、友人や家族・その他親しい人に使うというものだ*4。大体の人間は、自分に対し自分勝手に貢より、他人に対し不器用な理由でプレゼントを贈ったほうが幸せになれるとのこと。

『集団に尽くしている時が』か。中々、これは人間らしい。

 

自然浴は効果があるのか?

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この木なんの木、気にはならん。

 

先日ネットサーフィンしてたところ「緑地への暴露が健康とそれに関する行動に影響を与えているかもしれん*1」なんて記事を見つけた。

循環器系と全体の死亡率、巷でいう生活習慣病のリスクと度合いが下がった、と。

ふぅん。

あ。

チラホラと見かける自然浴の話を思い出した。何でも緑に触れると落ち着くとか、コルチゾールの分泌が促されるとか、なんとかかんとか。

ふぅん。

ぬ。

似たような記事見つけた。こっちは『自然環境がストレスを軽減させる』という進化心理学仮説を検証・立証した記事やね。ストレスにさらした後に自然に還った組は、都市に帰った組よりも緊張からの回復が早かったらしい*2

ふぅん。

へぇ。

はぁ。

 

話のつなぎ方が雑すぎる。

さては私、自然浴に興味がないな?

「まぁ、血圧・コルチゾール濃度といった物的証拠がほぼ無いし*3

「自然浴の効能を示す証拠のほとんどが、バイアスがかかっているであろう自己申告だし」「個体差激しそう(小並感)」

 

自然浴の効能を示した記事のほとんどは、ごく短期間の暴露の中で観測された証拠で評価している。趣味とか習慣とか、長期間での暴露なら何か変化はあるだろうが。

少なくとも、自然浴にわかりやすい効能と数値はないよ*4

だから私は自然浴を推し進めないし、移住してまで追い求めるものでもないと思う。

「緑地への暴露が健康的な生活を推進する」かどうかも、条件が複雑すぎるからはっきりと示せないしね。

 

感情をなだめる手段としては、優秀かもね。

 

 

 

自傷行為は単なるアピールか.memo

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私は自傷したことないから、する人の心理的状況は測れない。

が、『私、こんなに傷ついているんです!』なんてアピールする人はそもそもカッターで切りつけないし、切りつけたとしても凄く痛がるよ。

『私、こんなに傷ついてるんです!』とアピールする目的は、同情欲しさ。完璧主義的で、「なんでお前は同情してくれないんだ!」と逆上するから、こちらも非常に厄介だ*1

 

厚生労働省へのリンク 

 

参考

Deliberate self harm in adolescents: self report survey in schools in England
Self-harm and suicide in adolescents

Self-harm

*1:N=1